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昭和30年代前半は空前の「貸本ブーム」でした。その中心となっていたのは、『街』(東京:セントラル出版社)と『影』(大阪:日の丸文庫)でした。いずれも単行本スタイルの定期刊行物で、全国の貸本屋さんの「目玉」としてとても人気がありました。当時は「劇画」という言葉はありませんでしたが、この『街』と『影』のもとに集まった漫画家たちの中から、ストーリー漫画を「劇画」と呼ぼうという声が生まれました。そして昭和39年に月刊誌『ガロ』(東京:青林堂)が創刊されるに及び、「劇画」というフレーズが漫画の新しいジャンルとして定着していきました。
私が描いていたのは『街』です。高校生の頃、新人作品を募集していたので、それに応募したところ、いきなり「新人賞」を受賞。それを機に原稿依頼が殺到し、学業そっちのけで描きまくりました。わずか2年余りの間に、九鬼誠のペンネームでおよそ20作品を『街』に発表させていただきましたが、東京へ出ることを断念したことにより、高校卒業と同時に劇画も卒業しました。
しかし今から思えば、劇画の勃興期に参加でき、思いっきり青春を燃焼できたことは、たいへん貴重な思い出です。


▲新人賞を受賞した『雪が降って来た』
 1958年:「街」20号より
▼作品リスト 作品名をクリックしてご覧ください。




▼あれこれ集 当時のことで、作品以外のことを集めてみました。
私が企画・編集したページです。「詩」というにはちょっとお恥ずかしいかぎりですが、とにかく思いっきり遊んでみました。『街』44号(1960年)より。
劇画誌『街』
1960年、『街・別冊』(ワン、ツウ、スリー5号)に『賭の終点』を描き終えたときの感想文ですが、当時の私の部屋の様子を描いております^^
1959年4月に「全日本劇画研究会」が発行。劇画の普及を目的とした機関紙です。ずいぶん発行されていたようですが、私の手元にあるのはこれだけです。
当時の劇画界の様子が詳しく紹介されているサイト。作者は、当時劇画を描いておられた磯田和一さん(現イラストレーター)。劇画に興味をお持ちの方には必須のサイトです。
50年ぶりに劇画関係者の集いに参加。辰巳ヨシヒロ氏をはじめ多数の劇画作家の方々と会いました。その時のスナップ集です。
東京のシナプス社発行の季刊誌『貸本マンガ史研究』(21号:2009年10月)に掲載したエッセイで、「劇画」を描いていた高校生の頃の「思い出話」です。
私の劇画作品に対するちだ・きよし氏(評論家)のエッセイです。『貸本マンガ史研究』(21号:2009年10月)より。

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